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京都家庭裁判所 昭和37年(家)1816号 審判

申立人 小山栄子(仮名)

相手方 京都市下京区長

北俊一

主文

本件申立は、これを却下する。

理由

申立人代理人は、相手方は昭和三七年一〇月八日申立人の届け出た申立人及び川本守両名の婚姻届を受理すべしとの審判を求め、その理由として、申立人は昭和三六年六月二八日川本守と婚姻したが、故あつて同年九月二五日協議離婚をした。ところが、その後川本守より復縁を迫られ、同年一〇月八日から再び両名は内縁関係に入り同棲した。そのうち昭和三七年五月頃に至り両名の婚姻届をなすべく所定の婚姻届書を作成し、各自それぞれ署名捺印の上、該届書を川本守の本籍地戸籍吏に提出すべく申立人に於て保管していたところ、同年一〇月一日再び些細なことから夫婦間に紛争を生じ、申立人は、川本守から離婚話をもちかけられたので、一応実家に引き上げて別居した。そのうち同月三日申立人は、川本守が同月一九日に他の女と婚姻するとの噂を聞いたがため、申立人の母まき、実弟忠男および他一名が、同月七日川本守方に赴き、申立人と同居するよう要求したが、川本守が承諾をしないので、それでは、さきに申立人および川本守の両名が作成した婚姻届書を所轄区役所に提出する旨告げたところ、川本守はこれを承諾した。よつて、申立人は母小山まき、弟小山忠男および河野和男の三名とともに、翌八日午前一〇時一〇分頃京都市下京区役所に赴き、予て申立人において保管していた申立人と川本守の前記婚姻届を申立人の戸籍謄本を添付して同区役所戸籍吏に提出した。しかるところ、同吏員は該届書を詳細点検調査し、何等不備のない旨を言明し、次いで添付の戸籍謄本を調査し、該謄本の作成日付が昭和三六年一〇月二五日であつたところから、最近の戸籍謄本を要求したので、申立人は己むなく、同市南区役所まで自動車で往復し、同日午前一一時一〇分頃新しい戸籍謄本を提出したが、このとき、同戸籍吏は一〇分位前婚姻届の一方の当事者である川本守より申立人との婚姻届は受理を拒否されたい旨の願出が出ているから、該婚姻届は受理することはできない旨申し、遂に該届出は不受理に終つた。しかしながら、凡そ市町村長は、戸籍法上の受理、不受理を決定するに当つては、その届出が、民法、戸籍法等に規定する法定要件を具備するかどうかを審査し、届出書類に添付書類を要する場合には、届出事項が添付書類の記載と一致するかどうかを審査するいわゆる形式的審判権を有するにとどまり、届出が届出人の真意に出たものかどうか、添付書類の記載が真実に合致するかどうかの実質的審査権を有するものではなく、形式上適法な届出は、必ずこれを受理する外はなく、これについて不受理処分は許されない。はたして然らば、本件の場合、申立人が午前一〇時一〇分に届け出た本件婚姻届書に何等不備のなかつたことは、係員自身言明しておこることであり、かつ、その時においては、未だ川本守から受理拒否の申出もなかつたのであるから、即時に受理すべきものであり、これを不受理処分としたことは、明らかに違法である。仮りに申立人が最初に提出した戸籍謄本の作成年月日が、昭和三六年一〇月二五日となつていたとしても、右戸籍謄本の添付は、婚姻届出の必要要件ではない。従つて、戸籍謄本の添付がなかつたとしても、婚姻届出の受理を拒むことはできない。さらに新しい戸籍謄本を提出した午前一一時一〇分頃より、その一〇分位前に川本守から受理拒否の申出があつたとしても、婚姻届書の提出は、その日の午前一〇時一〇頃であつて、戸籍謄本は、戸籍吏の要求によつて作成年月日の訂正をなし、追完したのに過ぎないのであるから、これが欠けていたからといつて、右婚姻の届出を川本守からの受理拒否申出後であるとすることはできない。以上いずれの点よりするも本件不受理処分は、違法であるから本申立に及んだ旨述べた。

よつて審案するに、記録添付の各戸籍謄本、婚姻届書二通、昭和三七年一〇月八日付京都市下京区長北俊一作成名義の不受理証明書写、同日附川本守作成の京都市下京区長宛願出書、その他一件記録に徴し、次の事実を認定することができる。すなわち、申立人と川本守との夫婦関係は、大体、申立代理人陳述のとおりの過程を辿つて昭和三七年一〇月一日に至つたところ、同日双方は家財道具を等分に分けて、内縁関係を解消し別居した。しかしてその数日後に申立人は、川本守が他の女と婚姻することを聞知して、急ぎ予て内縁関係中に作成しておいた婚姻届を昭和三七年一〇月八日午前中に下京区役所戸籍吏に提出した。ところがその提出の際、戸籍吏が添付戸籍謄本が約一ヵ年前に作成された古いものであつたがため、形式審査にこと欠くと考え最近に作成されたものと取り換え方を要求したため、その婚姻届の受理は時間を要したのである。しかして、その届出完了前に当事者の一方である川本守から、その婚姻届につき受理拒否の願出なる書面を提出した。すなわち、当該身分行為の一方の当事者から婚姻届書の提出があり、その場で、また、他の一方の当事者からその届出の受理拒否を申し出たというのである。かくの如き場合に該届出は、当事者双方からなした適法な届出ということはできないはずである。もちろん、戸籍吏としては、その届出事項につき実体的審査権はないにしても、本件届出の如き当事者一方からの受理拒否の願出がある以上、届出書類の形式が完備したものであつても、当事者双方からの届出ということはできない。申立人は、婚姻届書の提出と川本守からの受理拒否願出書提出の時間的前後を強調するけれども、結局、この際における申立人からの婚姻届出行為は、未だ完了しておらず、なお、届出行為中であつたというべきである。はたして然らば、婚姻当事者の一方がその婚姻につき届出行為中、他の一方の当事者からその受理を拒否されたい旨申し出たかぎり、戸籍吏としては、これが不受理処分とすることは、また当然の処置といわねばならない。以上の次第であるから申立人の本件申立は到底認容し難く却下するを相当とし主文のとおり審判する。

(家事審判官 西村寛太郎)

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